データ活用の2つのアプローチ(全員参加型と専門部門主導型)

前回、DXについて、データのライフサイクルの観点での取り組みを紹介しましたが、今回はこれらの取り組みへ2つの異なるアプローチを紹介します。

一つ目のデータ活用のアプローチは、全員参加型です。よく知られているのが、ワークマンの事例です。ワークマンでは、2012年からデータ分析の研修を全社員に受講させることで、全社員がデータ分析できるようにしました。このアプローチは「エクセル経営」と呼ばれ、データ活用の事例でよく紹介されています。結果的にこれまで経営者のトップダウンで下していた経営判断が、誰でもデータを元に議論できるようになりました。市場の動向から新たなターゲットも開拓でき、売り上げも順調に伸ばしています。

もう一つは、データ分析に特化した部門が主導する専門部門主導型です。こちらは、ワークマンと同じベイシアグループのカインズの事例が有名です。カインズでは、430人というデータ活用の専門部隊を立ち上げています。この専門部隊は、自社で採用した社員に拘らず、外部から即戦力人材を採用して立ち上げています。

今回は、この2つのアプローチの違いと特徴について整理したいと思います。

この2つのアプローチが同じグループ会社で行われているということは、どちらが優れているという話ではなく、どちらのアプローチが自分の事業に適しているかが重要という証左と言えるでしょう。


全員参加型アプローチのメリット・デメリット


まず、全員参加型のメリットは、なんと言ってもコストです。データ解析は非常に労力のかかる仕事で、これを外注したり、専門家を雇ったりするには、高いコストがかかります。また、全ての社員がデータを元に対話ができるようになると、データが共通言語としてコミュニケーションの中心となります。事例でも紹介されていますが、データはどんな先輩社員や幹部社員の意見よりも強く、そのため、属人的にならずより適切な判断を下す事ができます。

一方のデメリットは、非常に時間と手間、そして労力を伴う事です。データ分析のスキルは一朝一夕で身につくものではありません。全社員がExcelを使いこなせるようになるには、教育への負担も多くなります。時間だけでなく、PCなどの環境の準備も必要です。業種によっては、全社員にPCが準備されていなかったり、準備されていても習熟に十分な時間が確保できないケースもあるでしょう。また、どんなに時間と労力を掛けてもデータ分析自体から売上を創出できるわけではありません

ワークマンの事例は全社員がExcelを使いこなしているということで有名ですが、ここでの「社員」とは、各店舗の店長です。接客を行う店員までExcelを使いこなしているわけではありません。しかし、店長がデータを元に経営判断できていることが、少なからず今の好調な事業へと繋がっているのでしょう。


専門部隊主導型アプローチのメリット・デメリット


一方の専門部隊主導型のメリットは、より高度な分析をスピーディに行うことができる点です。全員参加型の場合は、どうしても分析スキルに限界があります。Excelだけでもデータ分析ができるようになると、リアルタイムで経営動向を把握することはできるようになります。しかし、売上動向を見ながら在庫管理の発注点在庫の量を動的にチューニングしたり、外部データから売値動向も取り入れて仕入れのタイミングを調整したりなど、より高度なデータ活用は、Excelだけでは至難の業です。このような高度なデータ分析を専門部隊と連携し合いながら実践できれば、より高度なデータ活用を実践することができます。また、このようなデータ分析は、どうしてもデータの前処理、分析レポートの設計などに時間が掛かってしまいます。このような時間を現場の社員にかけさせず、活用できるデータだけを提供したり、業務の合間にデータ収集や参照ができるスマホアプリの開発までできれば、業務効率を下げずにデータ活用を推進することができます

一方のデメリットは、コストと業務親和性です。このような高度な分析ができる人材は、最近特に重宝されており、外部から雇用するのも大変です。ここは経営者による「デジタルに大規模投資を行う」という大きな経営判断が求められます。また、社内に雇用する場合、他の社員との労働体系や給与体系で大きな差が出てしまうと、不協和を生みかねません。更に、業務親和性の観点では、現場で使える形のデータを提供できるかどうかのハードルもあります。現場がデータ活用に消極的だと、専門部隊に適切なニーズを伝えられなかったり、専門部隊が現場のニーズに合わないデータを提供してしまったりする可能性があります。結果的に高いコストをかけたのに、結果が伴わなくなり、途中で頓挫してしまう可能性も出てきます。


現場業務とデータ分析業務の一体化


データ分析において最も重要なのは、精度の高いデータを収集することです。全員参加型であれば、データを分析する人とデータを収集する人が同じなので、データ収集も精度が高くなることが期待できます。一方で、専門部隊主導型の場合、現場部門とデータ分析部門が分かれているため、部門間の関係性が良好でないと精度の高いデータ収集は期待できません。つまり、専門部隊主導型の場合は、この現場部門とデータ分析部門の関係性が良質であることが必須条件となります。


規模よりも業務との親和性で判断


二つのアプローチを比較すると、コスト面から、全員参加型を選択したいと思われるかもしれません。しかし、社員のデジタルスキルによってはどうしても難しい場合もあります。そのような場合は、外部専門家はスポット的に参加してもらうなど、専門部隊を小さく組成する方が結果的にコストを抑えられるかもしれません。自社の現状を的確に把握して、業務との親和性を見極めることが大切です。


人を責めずに仕組みを責める


どちらのアプローチでも、現場社員から経営層まで全社員がデータを受け入れる文化を定着させることが重要です。

データ自体には主観はないですが、結果としてはどうしても良し悪しが出てしまいます。悪い結果が出てきた場合に現場部門の「人」を責めてしまうと、現場部門にとってデータは自分が「責められる」武器に見えてしまうでしょう。悪い結果のときは、「人」ではなく会社の「仕組み」に問題があると捉え、良い結果が出たときは、現場部門の「人」を褒めると、現場部門にとってデータは自分が「攻められる」武器に見えるでしょう。デジタルは魔法の杖ではなく、あくまで道具です。その道具の使い方を間違えてしまうと、悪い方向に進んでしまいます。現場がデジタルに後ろ向きなのは、ひょっとすると経営層のこれまでの道具の使い方を見ているからかもしれません。