#11 女子プロサッカーのいまとこれから(興行面)

2021-22年は日本女子プロサッカー界にとって大転換期でした。最大のトピックは、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ(Women Empowerment League)」が、9月12日に開幕したことでしょう。それまでは「なでしこリーグ」というアマチュアリーグが日本女子サッカーの表舞台でしたが、同リーグに所属していた数チームと新設チームの計11チームがプロ化しました。

東京ヴェルディ株式会社は、男子のプロサッカーチームである「東京ヴェルディ」に加え、「日テレ・東京ヴェルディベレーザ」という女子のプロサッカーチームも保有しています。この「ベレーザ」も、WEリーグ発足に伴いプロ化したチームのひとつです。

プロ化によって、クラブは多くの選手とプロ契約を結ぶことになり、数人の選手はクラブとの契約交渉を任せる代理人をつけるようになります。また、アマチュア時代よりも予算規模は拡大し、コスト費目も多様化しました。そのような背景もあり、私はWEリーグ開幕年度から、男子チームとの兼任で女子チームの予算管理や契約事のサポートも担当させてもらっています

今回から2回に分けて、私がこの1年間、女子のプロチームにも携わらせてもらった中で、海外の事例にも触れながら感じたこと・考えたことを「女子プロサッカーのいまとこれから」という形で、「興行」「競技」の両面からご紹介いたします。


観客動員の「いま」


まずは興行面について、WEリーグ初年度の観客動員数については言及せざるを得ないでしょう。開幕前、WEリーグが掲げた動員目標は「1試合平均5,000人」。しかし、実際の着地は平均1,560人と、目標には届きませんでした。我々ベレーザとしても、年間の最高動員記録は約2,800人。WEリーグ初年度の興行面は、厳しい船出となりました。

一方で、ヨーロッパの女子サッカーはというと、この間、過去最高の観客動員記録を連続で塗り替える熱狂を見せました。これまで、ヨーロッパの女子サッカーにおける歴代最高の動員数は、2012年に日本代表がアメリカ代表と対戦したロンドン五輪の決勝。ウェンブリー・スタジアムに詰めかけた人数は80,203人でした。

この記録を約10年ぶりに塗り替えたのが、男子チームも世界的な人気を誇るFCバルセロナです。2022年3月30日、ヨーロッパ女子チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝で、同じ国のライバルであるレアル・マドリードと対戦した試合は91,553人を動員し、世界の女子サッカーにおける史上最高記録を更新しました。そして、そのわずか1ヶ月後、4月22日に行われたCL準決勝ウォルフスブルク(ドイツ)戦で、FCバルセロナはレアル・マドリード戦を超える91,648人を動員し、CLの2試合連続でワールドレコードを更新したのです。

※観客動員数はいずれもGoal.comを参照

このFCバルセロナのように、ヨーロッパで強豪とされる女子チームの多くは、世界的なファンベースを誇る男子チームも保有するクラブです。世界でも指折りの人気を誇る男子チームからの送客力に優れており、例えば、男子チームのファンクラブ会員向けに、女子チームの試合の割引チケットやグループ優待券などを提供することで、男子側の熱をうまく女子側にも伝導しています。


スポンサーシップの「いま」


上記のようなファンがもたらす熱狂の背景には、スポンサー企業など外部からの投資が増加傾向にあることも見逃せません。欧米においては、ESGや女性の社会地位向上に対する課題意識が高く、そのメッセージを消費者に届けたい企業が、女子サッカーにスポンサードする機会が増加しています。例えば、2019年にはバークレイズがイギリスサッカー協会に対し、3年間で推定3,000万ポンド(約51億円@1ポンド170円)を投資することを発表。また2021年には、ビザが女子W杯史上初となる「女子サッカーパートナー」になることを発表するなど、世界的な大企業による女子サッカーへの関心度の高まりが伺えます。

【参考サイト】


興行面の「これから」


日本でも、男女両方のチームを持つクラブは、相互送客の取り組みに積極的です。我々東京ヴェルディも、2022年4月23日に味の素スタジアムにおいて、日本初となる男女プロサッカーゲームの同日開催を行いました。男子の開催が14時、女子が18時と間隔が空いたことでお客さんの離脱が一定あり、まだまだ改善の余地はありますが、今後の女子サッカーにおける基準を示せたのではないかと思います。

また、WEリーグ初代女王に輝いたINAC神戸は、初めて新国立競技場で試合を開催し、WEリーグが掲げた平均観客動員目標を上回る11,763人を集客しました。このように、マーケティングやプロモーション、集客のやり方によっては、1試合5,000人を動員するポテンシャルは十分にあると考えています。

日本におけるESGや女性活躍への意識が欧米の基準に並ぶのは、おそらく今後数年はかかるでしょう。ヨーロッパのような女子サッカーのブームを日本でも作り上げるには、それまでの数年間を費やして、目の前の課題を克服し、着実に成長への土台を築いていくことが重要です。

女子サッカーそのものの認知度向上、タッチポイントの拡大(WEのリーグ戦は、ホームゲームが1チーム年間10試合しかない問題)、リピート促進のための試合会場でのホスピタリティなどなど、課題は山積みです。その中で、強化部としては特に、何度もスタジアムに観に行きたいと思ってもらえるような、女子サッカーそのもののクオリティ向上に向けた環境整備に力を注ぐ必要があると考えています。

実際に、ヨーロッパの女子サッカーは、近年競技レベルが急激に向上しており、特に、男子に負けず劣らず、年々激しさやスピードが向上し、エキサイティングなサッカーを展開しています。リバプールFCのユルゲン・クロップ監督もヨーロッパの女子サッカーについて「戦術的にも技術的にもハイレベル。試合も本当に激しく、観ていて楽しい」と評価しています。ハイテンポで、迫力があり、それでもフェアなサッカーを女子の世界においても追求することが、女子サッカーファンを増やし、興行面を押し上げる重要な要素になるでしょう。

今年8月、我々ベレーザは、アメリカで開催されたThe Women’s Cupという国際大会に招待され、ACミランやトッテナムなど、欧米の最先端のサッカーを体感してきました。このような経験も、日本女子サッカー界の未来にとって重要な資産になると信じています。

世界水準のサッカーを追い求める、そのためのトレーニング環境を整える。具体的には、日常から世界を体感できる環境、世界のサッカートレンドに合ったフィジカルやスピード、技術、戦術を身につけられる環境の整備。言うのは簡単ですが、ここにコミットすることが、強化部にとっては現状、最優先すべき課題と考えています。

スポーツビジネスは興行と競技が表裏一体の関係にありますので、最後は少し競技面への言及が増えましたが、興行面のご紹介はここまで。次回は、競技面の現状と今後についてご紹介します。