#12 女子プロサッカーのいまとこれから(競技面)

全2回に分けてご紹介している「女子プロサッカーのいまとこれから」。第2回の今回は、競技面に関する現状と予想される未来を検討していきます。


チームの競技力の「いま」


日本の女子サッカーは、近年は少し苦しんでいることは否めませんが、総じて「世界的な強豪」という立ち位置が実態と近しいでしょう。特に2010年代前半期は、以下の通り、日本代表の国際大会での躍進が目立ちました。

2011年 W杯ドイツ大会 優勝
2012年 ロンドンオリンピック 準優勝
2015年 W杯カナダ大会 準優勝

上記3大会において、日本の決勝戦の相手はいずれも米国でした。米国は2011年、2015年、2019年と3大会連続でW杯の決勝に進出し、現在2連覇中のディフェンディングチャンピオンです。2010年代における世界の女子サッカー界は、米国を中心に、日本や中国などのアジア勢、ドイツ、フランス、スウェーデンなどのヨーロッパ勢が競い合う構図でした。

このような世界観に、2020年前後から変化の兆しが見えつつあります。20歳以下の世界大会である「U-20女子W杯」は2年ごとに開催されますが、パンデミックの影響で中止となった2020年を除き、2018年と2022年の2大会連続で、日本代表は決勝に進出しています。どちらの大会も決勝の相手はスペインでした。2018年には日本が勝ちましたが、反対に2022年はスペインが勝ち同大会で初優勝を飾りました。

この4年間において、スペインを始めとする欧州女子サッカー界の進化には目を見張るものがあります。前回の「興行面」に関するコラムでもお伝えした通り、ヨーロッパの女子サッカー界への投資機会が増加したことで、そのレベルが加速度的に上がっています。日本が近年W杯やオリンピックを中心とする国際大会で苦しんでいる背景のひとつは、欧州勢の急速な進化に伴う大会そのものの競争力の激化があります。

2020年代は、世界の女子サッカー界の中心が、米国からヨーロッパに移る過渡期になると予想しています。(一方で、米国が世界の強豪国のひとつであることは当分変わらないでしょう)


個人の競技力の「いま」


2020年前後で、ヨーロッパの中においても、勢力図の転換が起きています。欧州No.1クラブを決める女子チャンピオンズリーグ(CL)では、フランスのオリンピック・リヨンが2010年から2022年までの12年間で、5連覇を含む8度の優勝を飾っています。2010年代のCL決勝は、ほとんどの年が、このリヨンか同国のパリ・サンジェルマン、またはドイツのヴォルフスブルクかフランクフルトの4クラブによって寡占されていました。潮目が変わったのが2021年。この年の決勝戦は、スペインのバルセロナとイングランドのチェルシーとなり、2007年以来初めてフランスまたはドイツ勢のいない決勝戦となりました。結局、2021年はバルセロナがCL初優勝を飾りました。主にフランスとドイツがリードしていた欧州女子サッカー界も、スペインやイングランドが実力を付けてきており、群雄割拠の様相を呈し始めているのです。

その中で、日本人選手も常にヨーロッパのトップレベルに君臨してきました。2010年代には、フランスやドイツで熊谷紗希や安藤梢(選手の敬称略、以下同)などがCL優勝を経験しました。今後2020年代は、スペインやイングランドのクラブがCL優勝を達成するケースが増えることが予想されますが、その中心にはおそらく日本人選手が名を連ねることでしょう。実際に、イングランドでは近年、代表クラスの日本人選手の移籍がブームになっています。以下の通り、男子の世界では超がつくビッグクラブ、つまり、世界的にブランド価値が高く、ファンベースも巨大で、女子サッカーへの投資余力があるクラブが、こぞって日本人選手に手を伸ばしています。

  • アーセナル 岩渕真奈(2021年5月26日加入)
  • マンチェスター・シテイ 長谷川唯(2022年9月8日加入)
  • チェルシー 浜野まいか(2023年1月13日加入)
  • リバプール 長野風花(2023年1月14日加入)
  • トッテナム 岩渕真奈(2023年1月18日、アーセナルから期限付き加入)

世界の中心がヨーロッパに移り、日本人選手のヨーロッパ移籍もより若年化、より活発化する将来は想像に難くありません。


移籍市場の「いま」


一方で、男子の世界では滅多に起きないビッグクラブへの移籍が、なぜ女子の世界では頻発するのかというと、競技的な観点から彼女たち自身の実力が見合っているのはもちろんですが、別の経済的な観点として、移籍金が格安であり、男子の水準からするとほとんど「タダ」同然で獲得できてしまう事実があることも、決して見逃してはいけません。この課題こそが、2020年代に日本の女子サッカー界が持続的な発展を遂げられるかどうかの成否を握っていると、個人的には感じています。

男子の世界における史上最高額の移籍金は、バルセロナからパリ・サンジェルマンに移籍したネイマールの2億2200万ユーロ(約308億円@1ユーロ=140円)と言われています。一方で、女子の世界では、2022年9月8日にマンチェスター・シティからバルセロナに移籍し、史上最高額を塗り替えたキーラ・ウォルシュの推定35万ポンド(約5,600万円@1ポンド=160円)。マーケット規模が歴然としているため、移籍金の史上最高額を男女間で比較することはほぼ無意味ですが、相場感の参考としては、女子の史上最高額ですら、男子の世界においては日本のJリーグクラブ間の移籍で容易に発生し得る移籍金の水準です。

国際サッカー連盟(FIFA)が毎年2回発行する『FIFA International Transfer Snapshot』によると、ヨーロッパのシーズン切り替えのタイミングのため移籍件数が多い「夏」の移籍市場において、2018年から2022年までの直近5年間で、各年の総移籍金額は、「258,800ドル(約3,360万円@1ドル=130円)」から「1,200,000ドル(約1億5,600万円@同レート)」へと増加傾向にあります(年平均成長率:46.7%)。一方で、それを平均額に割り戻すと、およそ「25,000ドル」から「45,000ドル」の間を増減しており、女子サッカー界における移籍金の単価は、日本円にして約300万円から600万円が、ひとつの相場感になっているものと推察されます。自分自身が業界内で見聞きする相場感とも、桁感は概ね一致している印象です。※参考資料①参照

参考資料①「女子サッカー界における移籍金額の推移」

一方で、同レポートによると、移籍金が伴う移籍自体は「10件」から「36件」まで増加しています(年平均成長率:37.7%)。各年の移籍全体における「移籍金あり」率も「3.8%」から「5.3%」へと上昇傾向にあります。※参考資料②参照

参考資料②「女子サッカー界における移籍件数の推移」

したがって、今後の潮流としては、女子の世界においても、男子とは金額の開きはありつつ、移籍金額自体も増加していき、また、移籍金を伴う移籍が1割、1.5割...と割合を増やしていくのではないかと考えます。


競技面の「これから」


今後も日本人選手の欧州Tier1クラブへの移籍が増加することが予想されます。また、そのルートが、日本代表クラスだとWEリーグから直接移籍するパターン、より若年の世代だと米国や欧州のTier2リーグ・クラブを一度経由してから移籍するパターンなど、より多様化するでしょう。

加えて、日本を含む女子サッカー界全体への投資増加とそれに伴う報酬アップ、移籍金額の上昇などを考慮すると、現状は女子選手を取り扱っていないような大手エージェンシーが参入し、エージェント業界も競争が激化するでしょう。当然、エージェントが多様化するということは移籍市場における淘汰と健全化が進む一方で、上記のような移籍パターンの多様化が進みます。

日本の各クラブは、人材の流動性が高まる上記の将来を見越して、自クラブのアカデミーを始めとする育成年代への投資や、高校・大学を含むスカウト活動により注力することが重要になります。また、外国籍選手のスカウティングや受け入れの態勢を整備することも必要でしょう。そのために、「興行面」にも関連しますが、女子サッカーの裾野を広げる普及・スクール活動や、クラブ全体の資金力そのものを増強する各種経営活動も重要度が一層高まります。

日本でも女子プロリーグが発足したばかりであるように今は転換期にあり、一言で言ってしまえば、今後数年間は「アマチュア」から「プロ」の世界への移行が、より迅速に進んでいくものと見込んでいます。

前述の通り、日本の女子サッカーのレベルは、世界の強豪に匹敵する水準にあります。だからこそ、日本のクラブは舵取りの難しさがあります。クラブが環境を整備し、選手を育て、タイミングによっては選手の夢を後押しして海外に送り出し、そうはいっても、クラブには移籍金を残してもらい、それをさらに選手育成に再投資する。このサイクルを理想的に循環させ、日本の女子サッカー界を持続的に発展させるためには、①リーグ・協会、②クラブ、③選手・代理人が三位一体となって、女子サッカー界全体の底上げを目指さなくてはなりません。誰か一方だけが自らの利益のみを考えたアクションを取ってしまうと、均衡はあっという間に崩れてしまいます。

投資熱が高まるヨーロッパでは、近い将来、「1ミリオン(ドル)」規模の移籍金を伴う移籍も発生することでしょう。日本の女子サッカー界には、世界でもトップクラスの人材が揃っています。日本人選手が1ミリオンの移籍を実現させる可能性は十分にあると考えますし、業界全体がそのような世界観を構築できるように手を取り合って工夫していくことが最重要です。

以上、2回にわたりご紹介してきたように、女子サッカー界は、興行面/競技面ともに、類を見ない転換期にあります。だからこそ、クラブ運営において難しい面もありますし、同時に、新たな試みや取り組みに挑戦できる楽しさもあります。それこそが、女子サッカー界に携わる魅力のひとつかもしれません。