#13 Jクラブによる東南アジア選手との契約における戦略設計:第1/3回 ターゲット市場と選手の選定

2022年2月、東京ヴェルディは、クラブ史上初となる東南アジア選手として、インドネシア代表プラタマ・アルハンを迎え入れました。(東京ヴェルディのニュースページへ

アルハンは、Instagramのフォロワー数が当時で約300万人を誇る、インドネシア屈指の若きスター選手です。加入発表の当日からその反響は凄まじく、わずか数日でクラブのInstagramのフォロワー数が、約3万人から約45万人まで急増しました。この45万人という数字は、当時日本国内の全プロスポーツチームの中でも最多となるフォロワー数だったようで、様々なメディアにも取り上げていただきました。

また、同年3月には、在日インドネシア大使館官邸で加入会見を開催させていただくなど大使館との接点もでき、クラブとインドネシアの交流がスタートしました。

なぜ、我々はインドネシア代表選手であるアルハンと契約をしたのか。当時のチームに必要なポジションの選手であり、チームの競技面向上を意図したことは大前提ですが、同時に、事業開発を見据え興行面で得られるメリットを勘案したことも否定しませんむしろ、Jリーグクラブが東南アジア人選手と契約をする際には、ビジネスメリットの獲得を見据えた意思決定であることがほとんど、といっても過言はないでしょう。

一方で、加入当初は日本・インドネシア問わず多くのメディアに注目いただきましたが、それが尻すぼみになったことも反省すべき事実です。アルハン自身が、プロサッカー選手として十分な活躍ができず、2022年シーズンの公式戦出場は、わずか1試合、しかも前半のみの45分に終わりました。クラブとしては、インドネシアを中心に一定の露出効果はあったものの、選手がチームのレギュラーとして出場できなければビジネスメリットを最大化することは難しく、そして当然に、収益が見込めないことには選手を長期的に維持することも困難になります。

本コラムでは今回から3回に分けて、自分自身が約1年間にわたりインドネシア関連の取り組みを推進してきた経緯から、Jリーグクラブが東南アジア人選手と契約するにあたり、どのようなことを考え、取り組めばよいのか自らの反省点も踏まえながら、戦略設計のヒントとして整理してみます。

第1回目の今回はJリーグクラブが東南アジア人選手と契約をする際の検討事項について。
第2回目は、上記について実際に東京ヴェルディではどのようなことを考慮したのか、具体事例をご紹介。
第3回目は、「Jリーグクラブの東南アジア事業の戦略設計手法」について、1年間の取り組みを通じて自分自身が感じ・考えたことを整理します。


Jリーグクラブが東南アジア人選手と契約をする際の検討事項


東南アジア人選手をチームに迎え入れる上で考慮すべきは、選手のプロサッカー選手としての側面だけに限りません。前述の通り、クラブとしての事業開発を見据えるのであれば、ターゲットとするマーケットを間違えてはいけませんつまり、まずは「対象国の選定」をし、その上で「対象選手の決定」をするという検討順序になります。

1. 対象国の選定

対象国の選定にあたり、軸となる判断基準は当該市場がクラブにとって魅力的かどうかでしょう。「PEST」的なフレームワークの観点から、その国のマーケットとしてのポテンシャルや、自クラブとの親和性を検討します。検討にあたっては、以下のような定性情報・定量指標を整理するとよいでしょう。

【Politics 政治的側面

  • 親日度(政治・外交関係も要考慮)
  • 日本との友好条約の節目
  • Jリーグにとっての対象国の位置づけ、外国籍扱い など

Economy 経済的側面

  • 人口、人口成長率
  • 人口ピラミッド、生産年齢人口比率
  • GDP、GDP成長率 など

Society 社会的側面

  • クラブと対象国の関係性(姉妹都市など)
  • サッカーへの関心度、各国サッカーリーグ/Jクラブ認知度
  • サッカーに関心を持つ富豪の有無 など

Technology 技術的側面

  • インターネットの普及度
  • モバイルの普及度
  • ユニコーン企業の有無(消費者へのITサービス浸透度の定性情報として)
  • JリーグYouTube 国別視聴者数 など

2. 対象選手の決定

対象国を絞り込んだ後、次に検討するのが、選手がクラブに加入して興行/競技の両面において、メリットをもたらし得るかどうか」。したがって、対象国の代表チームや選手の所属チームなど「Team」の観点で、どれほどJリーグに近い競争力であり、投資対効果の高い補強になるか。その中で、「Individual」の観点として、選手本人にどのような価値があるか。判断基準を設定する上で最重要なのは、選手が自クラブで活躍し得る能力を持つと見当がつき、かつ、クラブが必要とするポジションに合致する「マッチング」の有無を確認することです。

【Team】

  • 代表チームのFIFAランキング
  • 代表チームのW杯/各大陸大会での戦績
  • 代表チーム/所属チームのマーケットバリュー など

【Individual】

  • テクニック、タクティクス、フィジカル、メンタルの定性評価
  • 日本への適応可能性(パーソナリティ、語学、海外経験)
  • 選手のポジションについてチームにおける競争状況
  • 選手の知名度、SNSフォロワー数 など

東京ヴェルディにおいては、インドネシア市場をターゲット国とする前提で検討を進める中で、具体的な契約候補選手が3名いました。そして、3名からアルハン1名に絞り込み、選手代理人との移籍交渉に移りました。

次回は、実際にどのような判断やプロセスを経て、インドネシア及びアルハンにターゲットを絞り込んでいったのかを、上記フレームワークの参考事例としてご紹介します。