#15 Jクラブによる東南アジア選手との契約における戦略設計:第3/3回 東南アジア事業に関する戦略設計の考え方

全3回に分けてご紹介しているJクラブによる東南アジア選手との契約における戦略設計。第1回目は「ターゲット市場と選手の選定」と題し、Jクラブが東南アジア選手との契約を検討する際に考慮すべき事項を整理しました。また、第2回目は上記の整理をフレームワークとして、東京ヴェルディ強化部がインドネシア代表プラタマ・アルハンと契約をする際にどのような意思決定をしたのか、実例の一端をご紹介しました。

最終回となる今回は、Jクラブが東南アジア事業を推進するにあたり、どのような戦略を持つことが推奨されるのか、私自身の実体験を踏まえて考えを整理したいと思います。


1. 【前提】東南アジア事業の構造整理


まず前提として、Jクラブが東南アジア事業を進める上での、「事業分類(1-1)」及び「事業と選手の関係性(1-2)」を整理します。

1-1. 事業分類

Jクラブが東南アジア市場からの収益化を狙う際、大別して下記2つの事業分類を検討することになります。

①イベントベース事業
②アセットベース事業

イベントベース事業(①)とは、プロスポーツの試合を開催し、試合という興行から収益を獲得する事業です。いわば、プロサッカークラブにとって従来的または伝統的な事業を指します。例えば、スポンサー、チケット、グッズ、放映権などを含みます。なお、興行の中には日本国内で開催する公式戦だけでなく、現地での親善試合も含みます。
アセットベース事業(②)とは、プロサッカークラブが保有する資産(人材やノウハウ)を直接的に活用する事業です。いわば、試合という興行とは別軸で収益獲得を目指す事業を指します。例えば、サッカースクール/クリニック、指導者派遣、クラブコンサルティングなどを含みます。

上記2つの事業分類におけるポイントは、Jクラブが東南アジア選手と契約をしているかどうか(選手の存在)、また、当該選手が恒常的に試合に出場しているかどうか(選手の立ち位置)によって、事業拡大の変動性が異なる点です。

イベントベース事業(①)は、選手の存在や立ち位置が事業成否に大きく影響を及ぼします。東南アジア文脈でクラブへのスポンサードを検討する企業にとっては、ターゲット市場の出身選手が試合に出続けて自社ブランドを露出させる可能性がどれほどあるのかが重要です。多くの現地ファンにとっては、自国のスター選手が試合に出場していなくては、Jリーグの試合をオンラインで観る、ましてや、わざわざ来日してスタジアムまで観戦に訪れることはありません。また、グッズの中でも、多くの場合、彼らが欲しいのは自国選手のネームやナンバーが入ったシャツだけでしょう。

一方で、アセットベース事業(②)は、選手の存在や立ち位置が事業成否に与える影響は比較的小さなものとなります。もちろん、選手が所属してくれており、さらに言うと活躍してくれていた方が、事業の認知やブランディングの観点からプラスになることは間違いありませんが、必ずしもそれらが必須ではありません。東南アジア選手がいなくても、日本のプロサッカークラブという一定の評判または興味・関心から、サッカースクール/クリニックの開催やJクラブスタッフによるトレーニング指導などが、現地人や現地の日本人コミュニティから要望・期待されることは珍しくありません。

1-2. 事業と選手の関係性

東南アジア事業を推進する際に、当該国の有名選手を獲得したとしても、それが直接的にクラブの収益に繋がるわけではありません。この事実は、頭では理解していたものの、自分自身が実際に経験し、身をもって理解したことです。前述の通り、イベントベース事業は、原則として選手の露出に比例して収益が拡大されるものです。また、アセットベース事業は、事業成否に選手が与える影響は小さく、自クラブの明確なアセットなくして選手がいれば事業が成立するものではありません。

東南アジア事業を拡大するにあたり、当該国の有名選手がキラーコンテンツであることに疑問の余地はありません。一方で、選手への依存度を高めてしまうと、それが事業の収益化を図る上でボトルネックになり得ます。イベントベース事業において、スポンサーやファンが、クラブ/チーム及び選手というコンテンツに対して魅力を感じ、お金を払っていただけることを考慮しても、東南アジア事業での収益化において重要なのは、いかに東南アジアの方々にとって魅力的なコンテンツを整理するかでしょう。その中で、当該国のスター選手というコンテンツがなくても、クラブが持つサッカーアセットを事業化することで、それこそがクラブ独自のコンテンツになり得ます。自クラブのキラーコンテンツが、選手に依存するものなのか、自らのアセットに依存するものなのか。後者の方が、瞬発力には欠けても、クラブにとってはコントロールが効き、再現性や安定性が高いのは明白でしょう。

ただし、現地マーケット向けにゼロから事業を構築する作業は、相当に骨が折れるものです。現地で頼れるパートナーと繋がることは必須であり、そのネットワークやコネクションも、ある意味ではクラブの重要な「アセット」と言えるでしょう。


2. 事業展開の順序


実際に東南アジア事業を手掛けてみて、上記で説明してきたような選手の存在や立ち位置によって、推奨される事業展開の順序が異なることを実感しました。

選手が所属していない、もしくは、試合に関われていない場合、まずはアセットベース事業の構築に取り組むことが先決でしょう。信頼できる現地パートナーを見つけ、実行可能な小さな取り組みから実績を積み重ねることが必要です。それをコンテンツとして、スポンサーや現地ファンなどを誘引し、従来はイベントベース事業として獲得できる収益の構築を狙います。

一方で、選手が主力として活躍できている場合、選手の活躍も水物ですので、千載一遇の機会として、イベントベース事業の早期獲得に全精力を注ぐことが先決でしょう。クラブとして可能な限り最大限のリソースを注ぎ、能動的にスポンサーや現地ファンの獲得に動き、また、そうすることで受動的に舞い込んでくる案件も取りこぼすことなく、一気に事業を拡大していきます。その後、選手への依存度を下げるためにも、アセットベース事業への投資を進めていきます。選手というキラーコンテンツをテコにアセットベース事業をドライブさせる、もしくは、イベントベース事業で獲得した資金や人脈をサッカーアセットのコンテンツ化への投資として分配することで、選手とクラブアセットの両コンテンツから収益を獲得できるようなポートフォリオを整備していくのが良いでしょう。

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東南アジアではプレミアリーグなどヨーロッパサッカーが絶大な人気を集めています。そのような市場において、日本のJクラブがファンを獲得して収益を得られる仕組みを構築する作業は、いざやってみると想像していた以上に困難な仕事でした。個人的にも、自クラブの東南アジア事業は悪戦苦闘しながら、上記の戦略を念頭に、何とか小さな実績から積み上げている段階です。

Jリーグが現在目指している「トップ層が、ナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」を実現するために、その「トップ層」になることを目指すJクラブにとっては、海外市場を相手にした事業展開は避けて通れません。そうでなくては、欧州トップクラブの売上最低基準である「200億円」に到達し、クラブ規模で肩を並べることは難しいでしょう(※Jクラブの売上額トップは、2022年時点で浦和レッズの約81億円)。そして、Jクラブにとっては、経済的/政治的/文化的/地理的にも、海外市場の中では特に東南アジアが、挑戦に値する魅力的なマーケットだと言えます。いずれ東南アジアでビジネスを拡大することが求められる時代の到来を見据えるのであれば、当該市場に向き合うことは、いつ始めたとしても遅すぎることはありません。東南アジア事業の収益化には数年単位の時間を要することを身をもって体験したからこそ、そのように感じています。

Jクラブが東南アジア事業を拡大する際、他クラブは同じマーケットを取り合う"Competitor"であるのと同時に、共にマーケットニーズを掘り起こす"Cooperator"でもあると考えます。ぜひ本稿が、各Jクラブにとって東南アジア事業を推進する上での参考になれば幸いです。