#18 「サッカー×ビジネス」キャリアの築き方:③エージェント

「サッカー×ビジネス」キャリアの築き方、第3回目は選手やスタッフを支える「エージェント」について、ご紹介いたします。

本題に入る前に、本連載の「前提」を振り返ります。
※本連載の全ての記事において、冒頭に「前提」を明記します。記憶が新しい方は読み飛ばしていただいて構いません。


連載の前提


■内容
「サッカー×ビジネス」というキャリアの築き方について、スポーツ部門(強化部)の周辺ステークホルダーから考えられる職種、就職の方法、得られる機会、注意点、ネクストキャリアの可能性など

■ターゲット
国内外の有名大学を卒業予定で将来はサッカー/スポーツビジネス業界でキャリアを築いていきたい学生、または、その延長にいる若手社会人

■コンセプト
単なるお仕事図鑑ではなく、スポーツ部門にいながら感じた現場のありのままの情報を届けること(情報の全体感より深さを優先)

上記を前提として、本文をご一読いただけると幸いです。


「サッカー×ビジネス」のキャリア:③エージェント


エージェントとは

エージェントとは、「エージェント」の文字通り「代理人」を指します。多くのエージェントは、主に「選手」の代理人を務めますが、「監督」や「コーチ」の代理人を担当する方もいます。

エージェントにとっての最重要業務は、選手や監督・コーチ(いわゆる「クライアント」)の代理人として、プロ契約の条件及び内容をクラブ側と交渉することです。クライアントが所属するクラブと「契約更新」をする際の交渉、または、別クラブへの「移籍」や「新規契約」をする際の新クラブとの交渉などが含まれます。クライアントの直接的な収入だけでなく、キャリアや人生そのものにも影響を与える仕事であり、その意味で最重要業務と認識しています。

加えて、クライアントのキャリアプランニングや、若くして大金を手にしがちな選手に対するファイナンス(税務や資産管理など)の助言や専門家の手配、選手のプレーに関する助言やコンサルティング、パーソナルトレーナーや栄養士など体作りに関わる専門家の手配など多岐にわたります。概して、クライアントが本業である「ピッチ内」の仕事に集中して自らの価値を高められるよう、「ピッチ外」の関連分野を代理・支援することが主となります。

それ以外にも、クライアントを増やすために高校や大学などアマチュアの試合を視察して、将来的にクライアントになり得る選手たちにアプローチする「営業活動」や、既存クライアントのパフォーマンスを確認するために公式戦や練習試合、日々の練習を現場やビデオで確認する「メンテナンス活動」も行います。

クライアントの代理業務という観点では、一般社会においては「転職エージェント」の業務と対比すると、共通点が浮かび上がりイメージしやすいでしょう。会社員というクライアントのキャリアプランをヒアリングし、それに合致した転職先を紹介する。クライアントが当該企業との雇用契約を勝ち取れるよう、その価値を高く見せるための助言や面接練習をともに行う。無事に転職先からの採用が内定したらクライアントの代理で条件交渉をする。他方、会社側に対しても定期的なヒアリングを通じて求職ニーズを探り、タイミングを見計らって自身のクライアントを紹介する、などです。

「雇う側」と「雇われる側」の中間に立ち、「雇う側」とも良い関係を築きながら「雇われる側」が最大限よい環境で仕事に集中できるようサポートする。この本質は、クライアントを「選手」から「会社員」にかえても、対面する相手を「クラブ」から「企業」にかえても、変わらないものであると理解しています。

一方で、サッカー業界において特徴的なのが、エージェントが選手や監督・コーチの代理だけでなく、対面するクラブの代理人を担うケースも存在する点です。この点は自分自身も業界に入ってからその慣習を知り、少し面食らった部分ではあります。

具体的には、クラブが外国籍選手と契約をする際に、普段は「選手エージェント」として接している方が、当該取引に限っては、「クラブエージェント」に立場をかえます。特にJリーグクラブは海外クラブや外国籍選手とのコネクションが希薄だったり、言語的な課題から外国籍エージェントとの交渉に疎かったりするため、エージェントがクラブ側に立ちそれらの業務をサポートするケースがあります。国外を飛び回り現地で選手を視察し、それをJリーグクラブに売り込む。Jリーグクラブが契約意思を表示したら、クラブ側代理として選手側エージェントとの条件交渉に臨む。これらがクラブエージェントの主な役割となります。

さらに言えば、一般的にビジネスの世界では禁忌とされる傾向にある「双方代理」が、サッカーエージェントの世界では国際ルール上で認められているため、同一取引において選手とクラブ双方のエージェントを務めるケースも存在します。個人的には、感覚として今でも慣れることのできない業界慣習です。

エージェントにとって、ほとんどのケースにおいて主なクライアントは選手ですが、上記のような背景から、クラブも無視できないステークホルダーです。そのため、クラブとの関係性が良いに越したことはありません。したがって、細かい業務ではありますが、クラブに対して国内外のキャンプ場所の紹介や国際大会への招待、欧米の最新トレーニング機器の紹介など、痒い所に手が届くような提案を行う方も一定数いらっしゃいます。

エージェントのビジネスとは

サッカーエージェントの主な収入は、クライアントの年俸または移籍金の一部を手数料として受領するものです。経緯は割愛しますが、日本サッカー協会(JFA)が新たに定めるエージェント規則が2023年10月1日より施行されました(「JFAフットボールエージェント規則」)。本規則第10条で手数料の上限が定められており、現行の規則では、選手報酬及び移籍補償金額の10%が最大となっています。(細かな条件分岐がありますので、興味がある方は「JFAフットボールエージェント規則」をご参照ください)

エージェントになるためには

エージェントになるためには2つのハードルを乗り越える必要があります。

1つ目のハードルは「資格」です。

背景を詳述するといちコラム分の文量にさなるため省略しますが、現在はFIFAが認定する世界共通の試験に合格し、正式なエージェント資格を取得しないと、エージェントとして移籍や契約交渉には関われない時代です。日本でも世界的な規則変更に合わせて、前述のJFAフットボールエージェント規則が施行され、資格取得が義務付けられました。

ちなみに、それ以前の直近10年程度(2015年4月〜2023年9月)は「仲介人制度」という名称のもと、所定の登録さえすれば誰もが「仲介人」として「エージェント的な」業務に関わることができていました。

資格取得が義務付けられたため、現代においてエージェントを目指す人は、まずライセンス試験に合格する必要があります。そのための知識の付け方としては、プロサッカークラブのスポーツ部門で実務的に学ぶ、エージェント事務所で下積み経験をする、または、エージェント事務所が資格試験対策講座を開催したりもしているのでこのような場で学ぶ、といった選択肢があるでしょう。なお、ライセンス試験は、FIFAが共通言語として認めている英語、スペイン語、フランス語のいずれかで出題されます。これらの言語について、特に試験問題を読解する能力は最低限必須となります。

2つ目のハードルは「クライアント」です。

弁護士バッジを持っていてもそれだけでは誰かの弁護士にはなれないように、ライセンス取得後にエージェントとして事業を行うためには、サービスを求めるクライアントが必要です。どんなビジネスにも当てはまりますが、この2つ目のハードルが高いものと認識しています。

エージェントにとってのクライアントとは、前述の通り、プロ選手や監督・コーチ、もしくはプロクラブです。いずれのケースにおいても、クライアントにとっては、自らのメリットのために効果を発揮してくれる「実績」「経験」「信頼」が重要視されます。特に、人材市場のDX化が遅れているプロスポーツの世界においては、その傾向に拍車がかかります。

そのような市場において、人脈が全くない状態からクライアントを確保することは、相当に骨が折れる仕事であると認識しています。また、JFAフットボールエージェント規則第7条3項に記載がある通り、エージェント契約の最長期間は2年間となります。クライアントから負の烙印を押されてしまうと容赦なく他エージェントに変更されてしまうのです。そのような流動性の中で、常にクライアントを維持し、必要に応じて増やし続け、事業を継続・拡大することは、決して簡単ではないことは想像に難くありません。

どのような人がエージェントになるのか

自分の周りには、以下の4パターンを経由してエージェントを務めている方が多い印象です。

①既存エージェンシーへの社員入社
②既存エージェンシーからの独立・開業
③プロクラブのスポーツ部門スタッフからの転身
④未経験から立ち上げたつわもの

①②のケースでは、所属する/所属していたエージェンシーのクライアントがいますし、また、③の業務経験があれば、業界での人脈は一定ありますので、全くのゼロからエージェントを始めることにはなりません。④のケースですら「未経験から」とはいえ、学生時代のサッカー部での繋がりや、広告・メディア系の前職での繋がりなど、何かしらの人脈を持つ方が多い印象です。サッカー業界での人脈がそれこそ皆無となると、2つ目のハードルを乗り越えるのが相当難しいのではないかと率直に思います。

したがって、個人的に推奨したいキャリアプランは、インターンや未経験採用の余裕がある大手エージェンシーに修行の身として入り、そのかたわらで試験勉強をしながら資格とお作法、人脈を形成することです。そのまま当該エージェンシーに採用してもらえれば良いですし、そうならなくても修行生時代に得た能力や繋がりのベースが、将来エージェントとして自立する際の足腰になるのは間違いないと考えます。

または、第1回目の「スポーツ部門スタッフ」の回でご紹介したのと同様に、まずはビジネスの世界に入って機会を待つことも、次点で推奨できるキャリアです。先日某大手エージェントの方とお話した際に、ビジネス出身の「仕事ができる賢い」人にぜひエージェントに転身してもらいたい、という意見を伺いました。エージェンシーも群雄割拠の時代になりつつあり、選手やクラブに対しての差別化が求められてきています。クライアントである選手のみならず、クラブや自社など多様なステークホルダーのメリットを考慮しながら、単に選手契約をまとめ上げるだけではない事業構想及び推進能力を求められる場面が今後は増えることが予想されます。そのような未来に備え、まずはビジネスの世界で自らのスキルを鍛えるというキャリアも考え得るでしょう。(前述の通り、エージェンシーによるライセンス対策講座もありますので、そのような場を活用して勉強・人脈形成することも可能です)

次回は、④選手を支える「サプライヤー」(主にシューズメーカー)についてご紹介します。